《エドワード・D・ボイトの娘たち》とは|ベラスケスの影の下で仕上げられた、非対称の肖像画を追う

四人の少女が同じ部屋にいながら、互いに視線を交わすことはありません。手前の少女は人形を抱いて床に座り込み、奥の二人は寄り添うように立ち、もう一人は壁際でこちらをまっすぐ見つめています。《エドワード・D・ボイトの娘たち》(1882年)は、アメリカ出身の画家ジョン・シンガー・サージェントによる油彩画で、ボストン美術館が所蔵しています。裕福なアメリカ人一家の子どもたちを描いた集団肖像でありながら、17世紀スペインの巨匠ベラスケスの名画への強い意識が透けて見える一枚です。

目次

基本情報

作者:ジョン・シンガー・サージェント(1856〜1925)
制作年:1882年(同年10月から12月にかけて制作)
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約222.5×222.5cm(正方形)
所蔵:ボストン美術館(アメリカ)
原題:Portraits d’enfants(子どもたちの肖像)
制作地:パリ、ボイト家のアパルトマンの玄関ホール

一言でいうと

《エドワード・D・ボイトの娘たち》は、パリに暮らすアメリカ人実業家エドワード・ダーリー・ボイトの四人の娘たちを描いた集団肖像です。通常の家族肖像画のように全員を等しく配置するのではなく、それぞれの少女に異なる存在感を与え、画面の中心をあえて空白にするという、当時としては型破りな構成が取られています。

制作背景

サージェントはこの絵に取りかかる前年の1879年、スペイン・マドリードのプラド美術館を訪れ、ベラスケスの作品を模写する時間を過ごしていました。中でも彼が特に学んだのが、幼い王女とその侍女たちを薄暗い大広間に配置した名画《ラス・メニーナス》(1656年頃)です。サージェントはこの絵から、謎めいた奥行きのある空間の作り方、抑えた色調、そして自信に満ちた眼差しで鑑賞者を正面から見つめ返す人物の描き方を吸収し、この《エドワード・D・ボイトの娘たち》に反映させています。

同時にサージェントは、同時代のフランスの画家エドガー・ドガが手がけていた、あえて中心を空白にした非対称な構図からも影響を受けていたと考えられています。この絵は1882年10月、サージェントがイタリア旅行から戻った直後に制作が始まり、これほどの大画面にもかかわらず、わずか2か月後の12月には完成しています。

見どころ

対話しない四人

四人の少女はそれぞれ独自の位置と姿勢を与えられていますが、互いに視線を交わすことも、言葉を交わしているようにも見えません。この意図的な断絶が、家族という一体感のあるはずの主題に、どこか落ち着かない緊張感を持ち込んでいます。

空白の中心

伝統的な集団肖像画では、被写体を画面の中に均等に配置するのが通例でしたが、この絵では画面のほぼ中央が何もない空間として残されています。この「空白」こそが、この絵をただの家族の記念写真から一歩踏み出させている最大の仕掛けです。

実物の花瓶との再会

画面の奥に描かれた二つの大きな染付の花瓶は、実際にボイト家が所有していたものです。この花瓶は後に遺族からボストン美術館へ寄贈され、現在では絵画の両脇に実物として展示されており、絵の中と外とで同じ花瓶が向かい合う、珍しい展示形態が実現しています。なお、実際のボイト家の部屋は、一家が旅先で集めた調度品で埋め尽くされていたと伝えられていますが、この絵ではそうした賑やかさはほとんど再現されておらず、簡素で薄暗い空間として描かれています。

評価と受容

この絵は完成の翌年、パリのジョルジュ・プティ画廊での国際展、続いて1883年のサロンに出品されました。発表当初から、この絵の型破りな構図は注目を集め、当初は「遊ぶ少女たち」という単純な情景として受け止められていましたが、後年になるにつれて、思春期の少女たちが抱える曖昧さや、家族の間の距離感といった、より抽象的な視点から論じられることが増えていきました。2010年には、ボストン美術館がこの絵をプラド美術館に貸し出し、着想源となった《ラス・メニーナス》と初めて並べて展示されるという機会も実現しています。

なお、ボイト家にはこの絵に描かれた四人の娘のほかに長男もいましたが、彼は5歳の頃からマサチューセッツ州の施設で暮らし、1888年に同地で亡くなっており、この肖像画には姿を残していません。

よくある誤解

誤解①「この絵は伝統的な家族肖像画の形式で描かれている」→ 実際は当時の集団肖像画の常識を外れた構成が取られている
裕福な家庭の子どもたちを描いた記念的な肖像画として見られがちですが、実際には人物の配置は不均等で、画面の中心はあえて空白にされており、当時の集団肖像画の慣習からは大きく逸脱した構成になっています。

誤解②「画面に描かれた花瓶は架空の小道具である」→ 実際はボイト家が実際に所有していた品である
画面を彩る装飾的な要素の一つと見られがちですが、実際にはこの花瓶はボイト家が実際に所有していたものであり、後に遺族からボストン美術館へ寄贈されて、絵と並んで実際に展示されています。

FAQ

Q. 《エドワード・D・ボイトの娘たち》とはどんな作品ですか?
A. サージェントが1882年に手がけた油彩画で、パリに暮らすアメリカ人実業家の四人の娘たちを、非対称な構図で描いています。ボストン美術館が所蔵しています。

Q. なぜこの絵の構図はこれほど不均等なのですか?
A. ベラスケスの《ラス・メニーナス》から着想を得た空間表現と、同時代のドガが得意とした非対称な構図の両方が組み合わさっているためで、画面中央をあえて空白にすることで、家族の間の距離感を暗示しているとも解釈されています。

Q. 画面の花瓶にはどんな由来がありますか?
A. ボイト家が実際に所有していた染付の花瓶で、後年遺族からボストン美術館へ寄贈され、現在はこの絵の両脇に実物として展示されています。

Q. 《エドワード・D・ボイトの娘たち》はどこで見られますか?
A. アメリカ・ボストンのボストン美術館(アメリカ美術館棟)が所蔵しています。

まとめ

四人の少女がそれぞれ違う場所を見つめるこの絵は、家族という言葉から連想される温かさよりも、静かな距離感を強く印象づけます。ベラスケスから借りた空間の使い方が、120年以上先の鑑賞者にまで、家族の内側にある見えない隔たりを伝え続けているのは、ある意味で皮肉な巡り合わせかもしれません。

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